四国遍路道の道標・丁石

四国八十八所の遍路道にある道標、丁石を紹介します

82番根香寺から83番一ノ宮寺へ

82番根香寺から83番一ノ宮寺間の道標・丁石

83番へは二里半の道法

82番根香寺から来た道を少し戻りそれより一ノ宮へ向かって下って行くが一部遍路旧道は通れなくなっている

地蔵光背の丁石も少し残る

赤子谷の墓地には移設された2基の丁切地蔵

今は通らない旧道に残る道標

他にも丁石が残っているようだが不明

丁石は45丁迄を確認

墓地前にある道標 一ノ宮迄67丁と半端な数字であるがどういう経緯で建てられたのだろうか

遍路道は路地を入っていく

道端大師堂内の台石型の道標 寛延4年(1751年)

延享2年(1745年)の道標

本道と違う道筋の道標

これより右へ 一ノ宮へ35丁

これも延享2年(1745年)

道標が2基 一ノ宮へ32丁

四又地蔵 延享3年(1746年)の道標「一ノ宮へ1里」「根香寺へ1里半」

 

墓地脇の埋もれている道標

一ノ宮へ28丁この先香東川を渡る

遍路道から少し離れた所にある真念標石

真念標石横の道標

2基の道標が並ぶ

以前は県道脇にあった 宝暦8年(1758年)の道標

県道脇の道標 一部再建されている

2基の明治時代の道標

生垣に倒れている道標

左側の道を行く

瀬戸内海歴史資料館に保管されている丁石

83番一ノ宮寺

MAP83番














































 

81番白峰寺から82番根香寺へ

81番白峰寺から82番根香寺間の道標・丁石

82番根香寺迄はほとんどが整備された山道で地蔵光背型の丁石が多く残っている。番号の六集とは香川県歴史の道調査報告書第六集の掲載番号

白峰寺から根香寺迄は50丁 上部欠損の50丁石(この先丁数は減じていく)

まっすぐは82番へ、右の道は国分寺からの遍路道

79番から81番、82番を経由してきた人は此所迄戻ってきて80番国分寺に向かう。

少し車道を通る

10丁、11丁は瀬戸内海歴史民俗資料館に移設されている。再び山道

瀬戸内海歴史民俗資料館に移設されている真念道標

順に進むには82番根香寺から戻りこれより83番一ノ宮へと向かう

瀬戸内海歴史民俗資料館に移設されている丁石

82番根香寺

MAP82番(カシミール3Dにて作成)

(=^・^=)END



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

3、5、6、7、10,11,13、15,17,36、40,41、49がなし

 

 

 

79番から81番白峰寺へ

79番天皇寺から81番白峰寺間の道標・丁石

79番から80番へは向かわず81番へ向かい82番から戻り80番へ向かう道も利用された。四国返偏礼名所図会より一部抜粋「綾川 遍照院 本道は国分寺白峰寺と順なれども、遍路坂といふ難所有故、崇徳天皇より白峰寺根香寺国分寺と行なり。高屋村、此所より白峰へ十八丁也」天王寺前を左へ行く

綾川を渡った先の道標

遍路道よし少し北の県道沿いの道標

立派な道標 是より南に向かうと国分寺、池之宮、高松、一ノ宮、佛生山、東へ行くのが遍路道で遍照院、白峰寺へ向かう

遍照院への道

遍照院境内の道標

今は一部消滅し通れないが遍路道は右へ進む

江戸時代は是より高屋神社脇を通り山に入る

山道に入った所に在る道標 この先は道がわかりづらくなり引き返す。

今の遍路道である車道を登っていくと多くの丁石地蔵があるがこれは旧遍路道からの移設と思われる。

遍路道は車道から左へ

やがて階段の道となる

大正時代の丁石は麓からの移設と思われる

20丁石も移設

MAP(79~81)

(=^・^=)END

 

 

 

 

79番から80番国分寺、81番白峰寺へ

79番天皇寺から80番国国分寺、81番白峰寺間の道標・丁石

79番から遍路道を東へ下ると道は鉄道で寸断されているがその先の県道脇に道標がある。ここから81番白峰寺へ向かう遍路道もある

しばらくは道標は見当たらない。綾川沿いに進むと綾坂大橋の西詰に3基の道標があった。現在は少し南に移設されている

綾坂と呼ばれる坂道を進み国道バイパス下を通った先に道標

坂出と高松の市境に日向王の塚があり脇には二つに折れている道標

国分寺門前にはいくつかの道標が集められており国分寺から83番一ノ宮への遍路道筋を示す道標もあり

MAP80-1(カシミール3Dにて作成)

MAP80-2

MAP80-3

80番国分寺

国分寺境内の道標(国分寺より白峰寺への道法は50丁で途中には国分台の遍路坂がある)

白峰寺への遍路坂に在った丁石が国分寺境内に移設されている(18丁)

81番白峰寺へは北へ向かう(2丁石) この先、白峰寺迄多くの丁切地蔵が残っている

遍路道から少し離れている7丁石

右の旧道に入る

この先山道となる

17丁石からは道が不鮮明になり未確認この先には大師堂跡があり丁石もいくらか残っているようだが未確認。遍路道自衛隊の演習場を通り81番白峰寺へと向かう。演習の無いときは通れるようだが確認が必要と思われる。

MAP81番

(=^・^=)END

78番郷照寺(道場寺)から79番天皇寺へ

78番郷照寺から79番天皇寺間の道標・丁石

元の道に戻り東へ

付近より南へ向かうと金毘羅へ

上部欠損の道標 右は金毘羅へ向かう道

県道の下を通った先の道標 右へ行く

県道に出たところに2基の道標

付近より聖通寺奥の院へ行けたようだ

ここからも金毘羅へ

郷土資料館には2基の道標が移設されている 

こんぴらを案内する道標が多い。逆に金毘羅からの宇多津へ出た遍路さんもいたようだ

丸亀街道から遍路道は右へ

JRの踏切を渡り少し行くと左側に道標 79番へ4丁

八十場の清水横の奥ノ院への道標 少し山手に金山薬師がある

八十場のところてん屋のすぐ先の茂兵衛標石 昔からところてんが名物

弥蘇場(やそば)地蔵堂脇に白峯寺?を案内する道標

79番へ1丁

五色台の瀬戸内海歴史民俗資料館に保管の道標

79番天皇寺 四国遍禮名所図会より

MAP天皇寺へ (カシミール3Dにて作成)

(=^・^=)END

























78番郷照寺から79番天皇寺間の道標

 

76番金倉寺から77番道隆寺へ

76番金倉寺から77番道隆寺間の道標・丁石

大師堂前の茂兵衛標石

金倉寺駐車場を通り出口にある茂兵衛標石 北へ行く

茂兵衛標石に従い左へ

六条地蔵堂の道標

葛原正八幡宮の西側にある地蔵台石型道標

すぐ近くに

茂兵衛標石が交差点の西側に

東側にも

道路わきに倒れている茂兵衛標石

まっすぐ北へ進む

茂兵衛標石(明治28年 1895年)

2基並ぶ道標 道隆寺へ5丁(500m少し)

道隆寺は左へ折れ100m程です

77番道隆寺(四国偏禮名所図会より)

MAP道隆寺へ(カシミール3Dにて作成)

(=^・^=)END













 

 



77番道隆寺から78番郷照寺(道場寺)へ

77番道隆寺から78番道場寺間の道標

道隆寺の北側入口の道標 昔は郷照寺を道場寺と称していた

仁王門前の道標

仁王門を出て左へ100m程のところに道標 左へ折れる

道標の所より右側の旧道へ入る

本願寺塩屋別院を示す立派な道標

真念標石 丸亀城横にある市立資料館庭に保管 

これは市内の路地に雨だれ石として置かれていたものを見つけ連絡 貴重な文化遺産なので無事保管されてよかった

南条町の金毘羅街道沿いに4基の道標 常夜燈の台石に各所を案内している

寿覚院を案内する道標が2基

こんぴらを案内する道標は現在少し南に移設されている 本州から四国遍路には丸亀に渡る人が一番多かったようです

風袋町の道標 

右へ折れる

旧渡し場跡の少し手前にある道標

土器川を渡る蓬莱橋の西詰の常夜燈型の道標「川を渡り左へ」

丸亀の港から道場寺への案内

本道とは少し離れた所にある常夜燈には「左へんろ道」と刻まれている

道標より右の路地に入るがまっすぐ行った先にも道標がある

78番郷照寺へはこれより右へ折れる、79番へはここまで戻る 徳右衛門標石「79番天皇寺へ1里半」

郷照寺の入り口の道標

納経所の裏側に保管されている道標 江戸時代中期の寛延4年(1751年)

78番道場寺 四国偏禮名所図会より

MAP78番郷照寺(道場寺)へ(カシミール3Dにて作成)

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