79番から80番へは向かわず81番へ向かい82番から戻り80番へ向かう道も利用された。四国返偏礼名所図会より一部抜粋「綾川 遍照院 本道は国分寺・白峰寺と順なれども、遍路坂といふ難所有故、崇徳天皇より白峰寺・根香寺・国分寺と行なり。高屋村、此所より白峰へ十八丁也」天王寺前を左へ行く












綾川を渡った先の道標


遍路道よし少し北の県道沿いの道標






立派な道標 是より南に向かうと国分寺、池之宮、高松、一ノ宮、佛生山、東へ行くのが遍路道で遍照院、白峰寺へ向かう


遍照院への道


遍照院境内の道標




今は一部消滅し通れないが遍路道は右へ進む










江戸時代は是より高屋神社脇を通り山に入る




山道に入った所に在る道標 この先は道がわかりづらくなり引き返す。


今の遍路道である車道を登っていくと多くの丁石地蔵があるがこれは旧遍路道からの移設と思われる。












遍路道は車道から左へ




やがて階段の道となる








大正時代の丁石は麓からの移設と思われる




20丁石も移設




MAP(79~81)



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