大師堂を案内


八栗寺から志度寺迄は50丁、今の遍路道を歩くと約7kmほどです。






右へ行くとケーブル乗り場


1丁石(文久2年 1962年)現在の徳島県石井町の人により建てられた。この先、同じ形の丁石がいくつか残る


しばらくは車道を進む


2丁石


摩滅してわかりずらいがへんろミちと記す (明和1年 1764年)土地の年配の人の話では子供の頃には遍路道造沿いの曲がり角所々に同様の地蔵が多く見られたとのこと。


3丁石


4丁石 この先で昔の遍路道は左側山中へと入っていったが瓦、レンガ用の粘土の採掘で寸断され消滅している。


山中に残る八栗寺二の鳥居


地元の人の案内で山の中にポツンと残る10丁石を確認。他にも残っているかもしれない


遍路道は一旦現在の道に出るがこの道標の先で旧遍路道は再び左側の山中へ入っていた様です。道は一部消滅


現在の遍路道にある道標 六万寺へは右へ下る


旧遍路道を進むと山中に残る15丁石が在った。


この先の旧道は舗装道路となる。


17丁石


堤にある上部欠損の道標


丁石は18丁で終わっている。元の場所からは移動している これより東へ進む


右に折れる










塩釜神社境内の道標 付近より移設


愛染寺は海岸近くにあるがこれは平成時代に道路工事により立ち退き再建された寺。現在の讃岐一国88ヶ所には愛染寺はなく又、昭和2年設定なので古い時代の讃岐国88ヶ所か?


八栗寺から志度寺の間には両寺を案内する道標が多くみられる 志度の港から八栗寺へ行く人が多くいたのだろうか?又は逆遍路の為の道案内?


中務茂兵衛標石


西には多和神社がある


自然石の大きな石灯籠の脇にある道標。ここより右、南方に向かうと石鎚神社


石灯籠のすぐ横の道標(大正6年 1917年)


86番志度寺


MAP86番(カシミール3Dにて作成)







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