四国遍路道の道標・丁石

四国八十八所の遍路道にある道標、丁石を紹介します

17番井戸寺から18番恩山寺へ 1/2(勝浦川迄)

17番井戸寺から18番恩山寺間の道標・丁石 1/2

昔の案内記には井戸寺から恩山寺迄5里、現在歩くと約19kmです

尚この道筋は徳島教育委員の発行の図書に詳しく述べられている

 2001年「徳島県歴史の道調査報告書第5集 遍路道」阿波遍路

 2012年「阿波遍路 恩山寺道・立江寺道」調査報告書

 

井戸寺へ入り右側の大師堂脇に徳右衛門の標石

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境内にある大きな文政2年の道標「おんざんしへ五り」

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井戸寺より200m程東に分岐がありここに道標

左への道は5番地蔵寺奥の院五百羅漢へ向かい道標には廿二丁と刻んである。この先徳島迄の間、及び五百羅漢迄の道の途中にはいくつかの丁石が在り徳島佐古町が起点の丁石と思われます。もう一つの道標にある百六十四番とは 思い当たるのは照蓮標石で百番台を刻んだ道標がいくつかあります。

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次に300m程東の十字路には地蔵尊等の石造物が有、丁数不明の丁石

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鮎喰川土手の手前には複数の丁石、照蓮標石が並んでいます

 

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鮎喰川は昔は歩いて渡っていましたが今は迂回して県道の橋を渡ります。

遍路道は徳島佐古八番町の国道318号線へと至るのですが途中に

 

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付近には六丁石も在った様だが見つけられなかった

少し離れた讃岐街道筋に移設された道標

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恩山寺へ4里」の標石、同様の標石はこの先西須賀町又新堤に「恩山寺江2里」があり形式が違うが勝浦川を渡った先に同じ文化10年の道標があり「恩山寺へ36丁」

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佐古八番町の国道318号線に出た所には道標が在った様ですが今は個人宅に保管されている様です
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 この先徳島市街に道標は余り見受けられず佐古一番町に照蓮の標石

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市街を通り阿波踊り会館横を過ぎ勢見山の金毘羅神社の先、二軒屋町の上八万方面への旧道分岐にかなり傷んでいる道標

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国道の左に比較的新しい

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この先は園瀬川を渡るまでに道標は見当たらない

川を渡り八万町法花の県道が分岐する所の阿波銀行前に生島氏の道標

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この先、遍路道は勝浦川付近までは一般的に二つのルートが有る

 但し少し手前の園瀬川を渡りすぐの「犬山口」バス停付近より左へ犬山を通る道も古い遍路道と考えられ途中に遍路道と刻む道標がある。四国偏礼名所図会に「新堤村 印石より右へ行く」とあるのはこれかも知れない

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阿波銀行前の分岐を左へ地蔵橋を通るルートはJRを越え250m程の北側に向けてのY字路が有「恩山寺へ二里」の道標がある。先の犬山を通る道はここで合流する

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この先、県道136号線から別れ左へ向かう分岐に照蓮の標石

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この先に地蔵橋があり渡った先に小松島への分岐を示す舟形地蔵の道標

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其の外分岐にはいくつかの道標がある一つは照蓮の標石

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ここには今は二軒屋の忌部神社下に移設されて無いが丈六の秋葉神社の鳥居が在り道標だけが残されたのか又は距離表記がおかしく土佐街道沿いに在ったものをここに移設したのかは判らない秋葉山を示す道標 付近の様子が変わっており10年程前の写真

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遍路道の少し東県道沿いに丈六寺を示す道標

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次に西側の土佐街道を進むルートで先の分岐から100m程の所に舟形地蔵の道標と照蓮の標石が在るが付近に分岐道は見当たらないのでこれらは先の二つのルートが分岐する所から移設されたのではないかと思う

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大谷町南谷には自然石の道標 刻字は読み取れないが右へ進むと地蔵院、あずり越えに行けるのでこれに関連する物か

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風化し表面が剥離している道標 右へ行くとあづり越

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自然の山では日本一低い弁天山を過ぎて右側に2基の地蔵尊、一つが天明8年(1788)のの道標

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源義経伝説の残る勝占神社前でJR踏切を渡ると400m程で二つのルートの合流地点へ

合流地点には生島氏の標石

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 小堂内に

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MAP18-1(カシミール3Dより作成)

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MAP18-2

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MAP18-3

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 MAP18-4

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16番観音寺から17番井戸寺へ

16番観音寺から17番井戸寺間の道標

 観音寺から井戸寺迄 十八丁

観音寺からは東へ向かいやがて観音寺迄は確認出来る道標などから府中駅の東西を通る二つのルートが考えられる有る

 

一つ目のルートは大御和神社角から左へ北方へ進むこの角にコンクリート製の道標

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神社の向にある千輻寺境内には御国四拾九薬師39番の標石

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180m程北上して右に曲がる所に2基の道標

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照蓮の標石

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県道232から29号線を東へ進みと左に曲がり北上する所に石造物が並び3基の道標

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照蓮の標石これには百六十一番の刻字

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750m程北上した所に照蓮の標石があるがここで観音寺からの二つのルートが合流する

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観音寺からのもう一方のルートは大御和神社の手前で左に入り

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北上してJR線に至る迄に幾つかの道標が在ります。

 T字路を右に曲がり角に2基の文政4年の道標が在ります。

この先にも同じ形容の道標が残っています。

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御国四拾九薬師41番の標石 真蔵院は何処なのか不明です

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JR線に突き当たる所に破損している文政4年銘の道標

道は是より右へ行き数10m程で北へ行く道が有ったが今は線路で通ることは出来ません

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線路南を少し東へ行きJRの踏切を渡り120m程で右の道へ入りすぐに左折し住宅の間を進みやがて田圃が見えてくる所に道標 

右への道は見当たらず少し手前の分岐に在ったのかも知れないです

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この先水路沿いの道を進むとやがて二つのルートの合流箇所へ 

 合流して道を北東に進み100m足らずで明治13年の道標

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遍路道は県道を北上して250m程で右に進むのですが分岐点には破損した道標

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右に曲がると少してT字路となり突き当たるのですが此処に在った道標は無くなっている

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それより200m少しで17番井戸寺

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 MAP17(カシミール3Dにて作成)

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13番大日寺から16番観音寺へ

13番大日寺から16番観音寺間の道標

13番一ノ宮(大日寺)から先は17番井戸寺迄は札所間の距離が短く

案内記等には

 13番一ノ宮から14番常楽寺へ 15町(現在歩く距離2.7km)

 14番常楽寺から15番国分寺へ 8町(800m) 

 15番国分寺から16番観音寺へ 18町(1.8km)

1)14番常楽寺 

大日寺の本堂の左には上部が欠けているが「御国四十九薬師」を示す安政6年銘の道標がある。これは四国88ヶ所との関係はわかりませんが概ね遍路道に沿って10基を確認しています。徳島の49薬師巡礼の道標で29番大日寺と刻まれていて

次は「是より瑜伽庵 十丁」と記されています。

色々調べてみても「御国四十九薬師」に関する資料は見つけることは出来なかった。

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 大日寺の山門脇に有った道標は現在、見当たらなくなっています。

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一宮神社横の一宮城跡への登り口に

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次に場所は不明ですが付近に有ったと思われる「徳島の石造文化財」のリストにもある

中務茂兵衛の「焼山寺 五里」の道標は見当たりませんでした。

遍路道はこの先二つのルートが有ります。

一つ寺のすぐ東から北へ行く道で途中に道標は見当たりません

もう一つは県道北側の道を東へ進むと大日寺から350m程の三差路に道標が3基

左は14番常楽寺へ行く。

右は18番恩山寺への道で県道21号線から208号線を進む上八万から法花へ出る道でこの道筋にも恩山寺を示す幾つかの道標が見られるので後日紹介したいと思います。

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14番への道は少し北へ鮎喰川の旧土手と思われる道に入り先の二つのルートが合流して東へこの道を300m程行くと三差路があり遍路道は左でここに地蔵尊と照蓮の標石

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次に100m程で中務茂兵衛の道標

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昔はこの先150m程で形跡は残っていないが鮎喰川を歩いて渡ていました。

今は一宮橋を渡る。渡った先に道標が有った様ですが見当たりません

この先小さな峠を越へ一宮町から国府町に入り下った先、左側に「14-01」の道標に有った瑜伽庵(瑜伽大権現)が有る。この先日枝神社手前の曲がり角には照蓮の標石

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そして小さな 池の横を通り常楽寺入口に照蓮標石

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階段を上ると14番札所常楽寺

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2)15番国分寺

境内左手の手水舎脇に徳右衛門標石「国分寺迄八町」

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本堂左に四拾九薬師31番の標石次は子安庵江二丁

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八幡神社登り口鳥居前の少し先に右側に百五十一番と刻字のある照蓮標石

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14番奥ノ院慈眼寺へ入った左に四拾九薬師32番子安庵の標石、次は八祖大師庵江三丁

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境内の生木地蔵前を通り民家横の路地を通り突き当たりに照蓮標石

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道を下り車道に出た所に

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車道を北へ進むと左側に赤い建物の八祖庵があり前に御国四拾九薬師33番の標石

次は興禅寺江二丁

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国分寺へ左に曲がる所の民家の柵に2基の道標、一つは中務茂兵衛の道標

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 ここを曲がらず少し先水路沿いに脇に安永六年銘の地蔵台石型の道標

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興禅寺前に四拾九薬師34番の標石 次は国分寺

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100m程で15番札所の国分寺

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3)16番観音寺へ

 駐車場には徳右衛門標石で「観音寺迄十四丁」とあるが道指南等の案内記には18丁とあり距離の違いはどういうことだろうか 

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 山門横に四拾九薬師35番の標石 次は観音寺??庵へ12丁

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 かなり劣化した照蓮の標石

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次に道はT字路で突き当たり遍路道は右へ進むが手前に石造物が集められていて4基の道標。照蓮標石、中務茂兵衛の標石もあり

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次に左へ曲がる分岐に2基の道標、1基は照蓮標石

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左へ折れて1km程真っすぐに北上し環状道路を越えて伊予街道である県道123号線に出るが此処に道標が2基 左へ行くと伊予街道を通り藤井寺

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これを曲がらず真っすぐに進むと150m程で義経ゆかりの舌洗池があるがここに折れている御国四拾九薬師36番の標石、次は不明

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16番観音寺前に道標があり17番、11番、15番を示している風化が進んでいて裏面の刻字は不明 

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MAP14-1(カシミール3Dより作成)

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MAP14-2

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MAP16

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13番奥ノ院建治寺道

13番奥ノ院建治寺道の道標・丁石

方子から奥ノ院建治寺へは18丁、約1900m程の道法で舟形地蔵の丁石(明治時代と思われる)が17丁から有りますが9丁と3,2丁石は見当たらなかった。角型丁石は8丁と7丁だけ確認。青石の手差しの道標が3基と地蔵型道標が1基見られました。

遍路道は車道をショートカットすように旧道が残っています。4丁石から先は旧道を示すものが無く車道を歩きましたが道筋は不明です。建治寺手前の1丁石の横に一ノ宮を示す地蔵型道標

建治寺からは北側に向かい入田町へと下ります。道中日記によると焼山寺から130丁目の所に出たようです。下り道には丁石として角型の1丁、3丁石だけ確認。

入田町側から奥ノ院へ向かう「おくのいん」と示す文久3年銘の道標が3基、その他3基の道標を確認しました。建治寺を経由する道は余り利用されていないようです。

MAP13奥1(カシミール3Dにて作成)

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13奥2

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13丁石に備中 窪屋郡とあることからこの丁石は明治時代

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12番焼山寺より13番一之宮(大日寺)へ⑤二本木~大日寺

12番焼山寺より13番一之宮(大日寺)間の道標・丁石⑤(二本木~大日寺

入田町に入り県道より北側に旧道が500m程あり途中に2基の丁石

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県道沿いの擁壁に213丁石

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旧道は県道に合流、それより100m程の右側、小堂前に上部が欠けた丁石

215丁石と思われる

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 すぐ先の入田町水源地建物の西側横に4基の丁石が集められている

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次に200m程民家の塀に219丁石

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次に民家塀の間に右側が欠けた220丁石

 

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天の原では県道の南側に旧道が少し残る

旧道に入ってすぐの所に供養塔等多くの石造物がありその中に218丁と221丁石

 

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旧道途中には丁数の上に右と書かれた223丁石、右へ曲がるのを示しているのか

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県道沿いに224丁石

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少し離れた場所、大日寺より先の加茂名町西名東山の県道21号線沿い西側 

(MAP13-11右上) にこれもどういう経緯で置かれたのか不明ですが221丁石(221丁は存在するので231丁かもしれません)これには丁数の頭に左とあります(

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入田町郵便局の手前、建治寺への入口に奥之院を示す道標

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道標横の地蔵堂脇に2基の丁石

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この先、遍路道は200m程県道を進むと左の小道に入る。以前は田圃脇に228丁、229丁石が在りましたが今は道路工事の際だと思われますが無くなっていました。

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道はこの先で右に折れふたたび県道に出るのですが曲がり角に2基の丁石と照蓮標石

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この先県道に出て左へ進むと右側に「府中殿遺跡」と書かれた標石といくつかの石造物があり下部に手差しのあるめずらしい232丁石

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しばらく県道を進みますが資料に有る233丁石は見つからず上部が欠けているが234丁と考えられる丁石

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旧道は付近で曲がっていたのか右手差しの道標

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県道を進み右側にある地蔵堂の中には2基の丁石

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次に擁壁の間に237丁石

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この先100m程で右の小道に入り239丁石

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 やがて山裾を通る山道となり240丁石が2つ倒れて

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241丁は無く次に上部が欠けた242丁石

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この先道が分からなくなり通れず資料にある243丁、244丁石は未確認

反対側から行こうかと思ったが旧道沿いに数匹の犬がつながれいて進むのを断念

付近の山道も整備されれば歩き遍路の人が車道を歩かなくて済みありがたいのだが

旧道の出口付近に照蓮標石と2基とも同じ内容の「一ノ宮へ5丁」と示す舟形地蔵道標

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県道に出る手前に245丁石

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県道へ出て大日寺の駐車場奥には249丁石がこれが最後の丁石

焼山寺から大日寺迄五里、1里は50丁で250丁

これだけの多くの丁石が残っている所は他には無く貴重な文化遺産

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 MAP13-9(カシミール3Dにて作成)

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 MAP13-10

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  MAP13-11

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12番焼山寺より13番一之宮(大日寺)へ④広野~二本木

12番焼山寺より13番一之宮(大日寺)間の道標・丁石④(広野~二本木)

広野の県道からは右へ舗装された道を登って行き麓より高低差は90m程で旧遍路道は方子からゆっくりと下って行き鮎喰川端へ出るのですが現在は不明ですが以前は一部道の通行は困難でした。方子からは一ノ宮奥の院、建治寺への分岐があります。

 

遍路道を上ってすぐのところには伊藤萬蔵の道標

伊藤萬蔵さんは名古屋の人で日本各地に多くの石造物を寄進している人で四国には明治27年から色んな石造物を設置していて特に殆どの札所に線香立てを寄進しています。

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168丁石と道標が並んで

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ここより右へ奥之院への道が有るのかもしれません

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西側が開けた道を歩く

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173丁石の先でピークとなりその先は少し荒れた山道となります

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 やがて176丁石の先で舗装道路に出ます

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照蓮の標石が指差している左が旧道の様ですが今は判りませんが私が歩いた時はブッシュとなり進むことが出来ませんでした。

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車道を進むと見晴らしがよくなり179丁石

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このまま車道を行くとやがて西明寺道の標石

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写真は来た方向を写していて右へ臼嶽バス停方面へ下る道を進むと西明寺への分岐手前右側に180丁石

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この先左へ西明寺へと向かう道筋に徳右衛門と中務茂兵衛の標石

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西明寺の西側の山中に道標がありますが道筋ははっきりしません

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西明治から道を戻り車道の下側に旧道が少し残り道中に地蔵が有りその前に181丁石

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ふたたび車道に出る。

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小堂の中に破損した187丁石

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奥の院への分岐、登り口に道標、丁石

奥の院へは18丁、一ノ宮へは66丁との刻字

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一ノ宮へ直接行く遍路道は右に登らず真っすぐ進む100m程で左に行くが草が生い茂り通るのは困難です

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この先に有るとされる186丁石は見当たらずその先、竹林の中の遍路道(椎の坂)に

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坂の出口近くに190丁石

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県道に出て少し戻ると2基の丁石

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192丁石は道の上高い所に

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この先、山側に旧道が少し残り途中に

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風化により文字が見えないが195丁石と思われる

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ふたたび県道に出

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県道から少し左の道には

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この先幾つかの丁石は失われており県道沿い右に202丁石

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大師茶屋標石横に

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やがて神山町と入田町の町境、二本木にある船盡比賣神社前に

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MAP13-7(カシミール3Dにて作成)

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MAP13-8

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12番焼山寺より13番一之宮(大日寺)へ③本名~広野

 12番焼山寺より13番一之宮(大日寺)間の道標・丁石③(本名~広野)

 是より先は鮎喰川に沿って基本、県道を進む比較的平坦な道で途中少しの旧道が残っています。

道中日記には

 百五十弐丁迄ハあがわ也。九十五丁より百五丁目迄川端通百六十丁目より広野むら

 是より南へ川辺越

 

本名集落付近にある102丁、103丁石は見つけることが出来なかった

井ノ谷の集落に入り県道から左への登り口に徳右衛門標石「一宮迄二里」

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県道から左に入り少し登ってすぐに右へ入ると民家前の細い路地に舟形の道標

この付近より遍路道は2筋あったようですが今は道が途切れています

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道の一方は道中日記に書かれている様に川沿いを進む道で丁石が幾つか残ります

片方は付近より川を渡り駒坂峠を越えるショートカットコースで峠を下り再び川を渡り駒坂集落で道は川沿いの道と合流します。最初に歩いた時は井ノ谷から川を渡る簡単な橋が在りましたが今は無いようで峠を通るには手前の福原で橋を渡って行きます。この道筋には丁石は見当たらず峠付近と下った所に舟形道標が在ります。

川沿いの道には

井ノ谷の禅定寺前に106丁石

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県道にある井ノ谷バス停横に109丁石

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バス停から西へ50m程登ると旧遍路道が残り2基の丁石と手差し道標が並んで

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先のバス停から80m県道を進み左へ少し入った田圃脇に104丁石

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次に川沿いの道を進むと左少し上に

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道は川に沿って大きく曲がります。122丁石は確認出来ず

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この先は駒坂からは県道より少し山側に旧道が在った様ですが消滅しています。

 次に駒坂峠越えルートの道標

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県道沿いに2基の丁石、129丁石は無く

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131、132丁石も無く133丁石は見つからず

次は何故か93丁石が在ります

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134~138丁石は無く139丁石は見つからず140,141丁石は無く下部が欠けた142丁石

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長瀬集落となる所、左の石垣の上に破損した丁石が、143丁石と思われる

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長瀬に入り少し高い所に

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この先長瀬集落付近は遍路道は完全に消滅している模様で残っている丁石も

多くが移設されているようです

長瀬バス停の先、左の建物脇に2基の丁石

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是より150m程で左の細道に入った所に倒れている舟形道標

これより旧道が残っています。

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遍路道を100m進むと

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この先は通行困難で先程の細道入口の少し先で左りへ上る道がありこれを進むと旧遍路道に合流します。石垣の上に上部欠損の153丁石

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この先少し先は山道となり小さなピーク赤松峠には板碑が有その傍に154丁石

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遍路道は舗装された下り道となります。

尚、旧道を通らず県道沿い進むと右側に149丁石

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旧道の下り道沿いにいくつかの丁石が残る

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114丁石と思われる移設されている丁石

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県道に出る所に2基の丁石

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県道に出て左の擁壁の間に

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五反地から遍路道は右に折れ鮎喰川を渡ります。折れる所に有った徳右衛門の標石は今は見当たらないようです。どこかに保管されているのでしょうか

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橋を渡り右手の南広野バス停横に

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橋を渡り左へ進みすぐの雑貨屋の横から細い路地を入った所に丁石が2基

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この先広い県道を進み広野の集落中程から右へ登って行くのが遍路道です

MAP13-5(カシミール3Dにて作成)

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MAP13-6

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