20番奥ノ院慈眼寺への道ですが
四国偏礼道指南にある〇おおくぼ村(大久保)付近から先の遍路道は完全に廃道となっており大部分は残っていますが数ケ所斜面が崩れ道が消滅しており通行は出来ない状態です。この道筋は上勝町から灌頂瀧を通り慈眼寺へ向かう車道の傍らにある拝所の所に出て来ます。
拝所までの旧道に残る丁石は11丁から順に8丁迄と5丁石が残っていました。
7丁石は見当たらず、6丁石は前回紹介したように別の場所に在ります。
100m程で10丁石、年代の違う2基
崩れて消滅している遍路道
100m程で9丁石
さらに100m程で
次に50m程で5丁石が在るが場所が前後と会わないので移動しているか又は別の意味合いかもしれない。国土地理院の旧版地図(明治39年測図 図名「横瀬」)には藤川方面から登ってくる道がこの付近で遍路道と交わっている。
5丁石から100m程で車道に出、その先少し下った所に、延宝8年(1680年)の瀧拝所の標石がある。
この先、右側に登って行く旧道が残っている。
この道は上勝町のいやしの道となっているようで朽ちた古い看板があります。
道は山に慣れた人なら通行可能かと思います。但しこの道は下りに使うと数か所分岐があり道に迷い安いから注意が必要です私は1回間違い違う場所に出ました。登りでは迷うことはないかと思います。
登り口に奥ノ院道の道標
道なりに登って行くと抜かれて倒れた状態の4丁石
少し登ると左に沢が見えてくる。そしてこの沢に赤い橋(一心橋)が架かっており是を渡る。渡った先に3丁石
道は少し急になり100m程登ると2丁石
さらに登ると山の右側を登るようになり1丁石
50m程で上部欠損の丁石が倒れた状態で在る。
この丁石と思われる石造物はこの先、慈眼寺から穴禅定に向かう道にある丁石と同じ施主である。
50m程で慈眼寺前に出る。
そして慈眼寺の不動堂前に道標
舗装された道を登って行くと3丁石
次に2丁石
そして最後に1丁石と同じ施主による丁石が在る。
この先で奥ノ院の本堂がありその先に穴禅定がある。
以上が20番奥ノ院慈眼寺への道筋の道標・丁石です
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