四国遍路道の道標・丁石

四国八十八所の遍路道にある道標、丁石を紹介します

照蓮の標石(徳島2/3)

照蓮の標石(徳島2) 8番から14番迄の照蓮の標石を紹介します。 7番の少し南に標石08-02 これは正面が改刻されていると思われます。 それより高尾谷橋を渡りすぐ右側に08-05 次に100m程で左に08-06 170m程の観音庵前に08-07 旧道は右に曲がって行くようで…

照蓮の標石(徳島1/3)

照蓮の標石 徳島の遍路道を歩いているよく見られる標石でその殆どに四國中千躰大師と刻まれ指印で進む方向を示しているのが特徴で文化6年(1809)から文化13年にかけて建てられたようで愛媛を除く四国3県(徳島県内が大多数)に約80基程在りこれを紹介します…

13番大日寺(一ノ宮)から11番藤井寺への道

藤井寺から13番一ノ宮(大日寺)への道筋でこれは「澄禅の遍路日記」にある道筋の道標・丁石を紹介

仏生山道2/2

前回の続で法然寺(仏生山)から84番屋島寺への道筋で83番一宮寺から84番屋島寺への本道と合流する木太町迄の道標を紹介します。 道筋を明治時代の地形図から私なりに想定し現地の確認をしたので他にも移設された道標などが残っているかも知れません。 法然…

仏生山道1/2

今回は83番一宮寺から佛生山経由でで84番屋島に向かう道筋の道標などを紹介します。 この道は四国遍路の人達が多く歩いた道です。 仏生山とは山号を仏生山と云う法然寺のことで寛文8年(1668)に建立された寺で法然上人ゆかりの寺院です。貞享4年(1687)出…

21番太龍寺からのいわや道

この道筋の一部は(阿波遍路道 いわや道)として国指定の史跡となっています。 この道の始まりは太龍寺から階段を下る途中に寛政9年(1797)の徳右衛門標石があり平等寺迄は2里と記してます。又、近くには麓迄50丁と記した道標もあります。旧道はおそらくこ…

20番鶴林寺奥ノ院道(灌頂ケ瀧)3

20番奥ノ院慈眼寺への道ですが 四国偏礼道指南にある〇おおくぼ村(大久保)付近から先の遍路道は完全に廃道となっており大部分は残っていますが数ケ所斜面が崩れ道が消滅しており通行は出来ない状態です。この道筋は上勝町から灌頂瀧を通り慈眼寺へ向かう車…

20番鶴林寺奥ノ院道(灌頂ケ瀧)2

坂本の小川(内谷川)を越えてすぐの民家の前に上部が欠けた丁石 38丁石? 次に100m程、右側の石組の中に 33丁石 少し行くと左に弘法大師御通夜岩があり右側に小堂があり横の常夜灯には 「霜不降通夜大師」と書かれた文久元年(1861年)の常夜灯があります…

真念標石

今回は真念さんの標石です。近年確認した標石を紹介します。 1基目は香川県丸亀市の標石 丸亀市内を散策しているときに偶然見つけたものです。 これは民家横の雨だれ石として利用されていました。最初文字などは見えなかったのですがなぜか気になりの石を返…

20番鶴林寺奥ノ院道(灌頂ケ瀧)1

19番立江寺から20番鶴林寺へ直接向かわずに20番鶴林寺奥ノ院(慈眼寺)を経由する道筋で勝浦郡生名より横瀬、坂本、黄檗を経て奥ノ院慈眼寺へ行き、それより横瀬までもどり鶴林寺へと向かう 各種案内記、道中日記等から記載内容を要訳抜粋 ①四国偏礼道指南(…

三好氏の里程標

四国第一番霊山寺の門前、寺標石の横に道標があります。 (写真の右端) この標石は三好氏によるものですがこれは明治末から昭和にかけて出版(増補31版迄)された「四国遍路 同行二人」に四国霊場開基1100年を記念して建てる旨が記載されてます。 この本は…

徳右衛門標石

徳右衛門標石で不明なものや知られていない標石を紹介

二反田坂

19番立江寺から20番鶴林寺への道筋で櫛淵町から勝浦町沼江に小坂を超えるには地形図を見ると3本の道筋が考えられる。 ルート1 通称「二反田坂」で案内記、道中日記等には名前が出てこないが江戸時代に歩かれた道である。唯一、細田周英の四国偏礼地図に「ニ…